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オンライン設計室

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NO.59_HU-PROJECTができるまで

25:【住んでみて】レポート 市川隆

(2023.02.24)

横須賀の市街地、京急・横須賀中央駅からわずか徒歩3分。
花うflowershopは、そんな一等地の商店街の端に立つ、創業が明治にまで遡る老舗。
店主のTさんは5代目となる。

商売は時代とともに移り変わる。
高度成長期の成功体験が令和の時代に通用しないことも多い。

Tさんがお店を継ぐに当たって考えたのが、次の時代への戦略であったのは自然なことだろう。


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崖地の密集地の困難事案
きっかけは、本店隣の電器屋さんが廃業して、貸していたその土地が返ってきたことだった。
ただ、そのことに言及する前に、T家の建物および敷地の状況を少し整理しておこう。

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まず本店のあるRC造4階建ての建物が一番駅寄りの角地にあり、その隣に貸地(今回、返却された土地)があった。

さらにその隣の奥に倉庫があって、これらが傾斜地に張り付くように並んでいる。

倉庫として使っていた建物には、商店街の前の道路(三崎街道)ではなく、坂道を登った裏側の道路からアクセスする。

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道路の高低差はおよそ6m。
街道沿いの崖地に沿って建物が密集している状態だ。

返却された土地についての詳細はオンライン設計室をご参照いただきたいのだが、変形地、狭小地、高低差、アーケード付きの商店街の中ほど、と建築条件としてこれほど厳しい例も少ない。

さらに以前は、本店建物から倉庫の1階部分まで崖に添って(つまり貸地の店舗の後ろ側を)渡り廊下が走り、隣地境界も曖昧なその状況はかなりの複雑さを呈していた。

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実際、Tさんは計画を進めるに当たってハウスメーカーなどにも相談に出向いたそうだが、「本店部分などもまとめて建て替えて賃貸住宅にすれば?」程度の提案しか得られなかったという。

現状の把握さえ難しいの状況のなかで、規格型のメーカーで対応が難しいのはむしろ当然と言ってよく、状況に応じて土地のポテンシャルを引き出すには建築家がふさわしい。
Tさんも、店舗(花屋)と狭小地のキーワードで検索して大系舎にたどり着いた。

ただ、ここで注目したいのは、そもそもなぜこの狭小地に別棟で新築するのか、という点だ。



なぜ建て替えを決意したのか?HU-PROJECT
メーカーの「まとめて建て替える」というのは、クライアントに目先の収益を提示しながら、最短で最大の利益を確保しようとする企業の提案としては一般的な解答なのかもしれない。

しかし、Tさんはその答えには飛びつかなかった。

「ここの立地や花屋という商売の先行き、さらに商店街の未来などを考えたときに、一体的に建て替えることは考えませんでした。」 かつて栄えた商店街が、多くの町でシャッター通りと化している。
花うの属する商店街も例外ではなく、空き店舗は多い。

ただ、ここ数年でそうした空き店舗に新しく出店する例も散見する。
シャッター通りとしては希望の光のような動きだが、埋まるのは小さなお店が多いのだという。

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縮小社会に向かう地方都市で新規開業するなら、広すぎる床面積はむしろ足かせになる。
好立地という条件で、かつ家賃をできるだけ抑えるために小さなスペースでできる商売が選択されるのは自然なことなのだ。
だから店舗自体を小さくつくっておいて、そうした需要に応えやすくしておけば将来的に貸店舗にすることもできるし、万が一の場合には売却も不可能ではない。


目先の収益だけではなく、長い時間軸で検討した結果なのである。
だから建物も、建築専門誌が喜びそうなオンリーワンの特異なものではなく、Tさんのビジョンを踏まえたフレキシビリティと、周囲に埋没しないオリジナリティが求められた。

「住む家でさえ手放すこともあるような先行きが見えにくい時代のなかで、別々に作ることにまったく違和感はありませんでした」という大戸さんの言葉は、クライアントに寄り添いながら作る建築家の姿勢を示している。



街を見ながら使い方を変えていく

ここから先はオンライン設計室のほうが詳しいが、出来上がったのは上階に住宅、低層部に店舗のある、いわゆる店舗併用住宅だ。
うかがったとき、店舗部分は隣接する花う本店の第2店舗として、ソープフラワーやブリザーブドフラワーなど水を使わない商品を扱っていた。

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設計段階で、店舗前のスペースを半公共的に使ったり、内部も子どもたちが集まれるような場にしたりといった検討もされていたから、使い方も状況に応じて柔軟に変わっていくのだろう。
特に仮設的に使える店舗前のスペースは、オンライン設計室(21)にパン屋さんが出店している様子が出ているが、商店街の状況や人通りの移り変わりに応じて多様な使い方ができそうだ。

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一つ、一般的な店舗併用住宅と違う点があるとすると、住居部分と店舗がつながっていないこと。ご両親が暮らす住まい部分の玄関は斜面の上の道路にあり、街道側からは店舗内を通らず、脇の路地奥のエレベーターでアクセスする。
つまり仮に店舗を人に貸しても、まったく住居部分に影響がないつくりになっているのだ。
こんなところにも、先を見据えた姿勢が見える。 でもこれはまだ第一弾。
次回02では倉庫をリノベーションしたTさんご家族の住まいを紹介する。