2004/12/22 冬至

昨日21日は、冬至でした。
夜は柚湯で一風呂浴びて、ほのかな香りを楽しみ、体もポカポカに暖かくなりました。

ところで、ご存じの通り、冬至は、昼が一番短く、太陽高度が一番低くなる日です。

ところで、冬至の太陽高度はどのくらいかご存じですか?

冬至の太陽高度は、東京で約31°くらいの角度です。三角定規の短辺を垂直に置いたときの、斜辺の角度です。
驚くほど、低いので驚かれるかもしれません。一方夏至は、約78°ですので、ほぼ頭上から太陽が降り注ぎます。
だから太陽は見上げると言うより、少し顔を上げて遠方見る感じす。

また冬は、横から光が照るので、夏と違った意味でまぶしさを感じることがあると思います。
この写真は、冬至の朝9時頃の写真ですが、影が伸びていて、太陽高度の低さを感じます。



ですから日本では、庇があると、夏は遮光し、冬は太陽光を中に入れるようになり、建物の環境を、調整してくれます。
ただし庇のデザインは、すごく難しのでいつも悩まされます。



今年は、冬至に近くなっても、近所のケヤキにはまだ一部葉が残っています。また銀杏の木は、黄葉真っ盛りです。
やはり暖冬の影響なのでしょうか。



P.S.12/14付けの日記で指摘があり、霧島を、若島津と勘違いしていることに気が付きました。高田みずえの旦那は若島津でしたね(笑)

↑UP


2004/12/17 聖橋


最近、ki-houseの現場監理に行くルートで、聖橋を眺めながら乗り換えをします。
地下鉄丸の内線・新お茶の水駅から、JRお茶の水駅へ向かう乗り換えのルートからです。



神田川の上から、遠く眺める聖橋は、神田川の堤の美しさとと相まって、とても綺麗です。
東京の都心では、数少ない空間の隙間の中で、しかも遠方に向かって、かつ見下ろすという視点から見える聖橋のある風景は、見る人をホッとさせてくれます。天気も良かったので、心地よい風が吹き抜けていきました。



またお茶の水駅のホームに降りてから、今度は見上げて見るという視点らかも美しい表情を醸し出しています。
聖橋は、関東大震災の復興のシンボルとして建てられたようですが、当時の傷ついた人の気持ちを少しでも和ましてくれたことと推測されます。



ところで、この橋の設計者は、山田守(京都タワーが有名)だそうですが、実際に図面を描いていたのは、当時まだまったく無名であった山口文象であったことは、最近知りました。

↑UP


2004/12/14 設計者の現場監理

きのうと打って変わって、今日はとても冷え込みます。
今日はPROJECT-NO.20 ki-houseの配筋検査で伺ったのですが、現場はとても寒く感じました。
寒暖の差が激しいので、余計寒さが強く感じるのかもしれません。
現場監理のかえりに、この周囲にいっぱいあるチャンコ鍋屋さんの中で、今日は霧島というお店に寄りました。
霧島は、たしか確か高田みずえを奥さんにした元大関だった記憶しています。
インターネットで調べたら、陸奥という相撲部屋の親方だそうです。ただ霧島って鹿児島だったよな気がするのですが、なぜでしょうね(笑)



お店の中は、昼時のサラリーマンで一杯でした。日替わり定食で、チャンコ鍋付き定食(\850)を注文しました。
味は比較的淡泊で良いのですが、多分胡椒だと思うのですが、少し辛かったのが少し残念でした。
地図を見ると、ちゃんこ鍋屋がいっぱいあるので今回は、ランチにいろいろな店を巡ってみようと思います。



この周囲を歩くと、お相撲さん達がうろうろしています。
今日は自転車に乗った弟子?風の力士がいました。なんか大きな人がうろうろしている風景にはすこし驚かされます。

↑UP

2004/12/11 設計者の現場監理

オンライン設計室プロジェクトNO.19sy-houseを更新しました。



現在躯体工事が進んでいますが、私たち設計者にとって、この時点の仕事は、工事に間違いは無いかという作業の他に、最終仕上げが原設計のままで良いか、改良が必要ではないかという点を念頭に置きながら、現場を見ています。だから現場の現状だけでなく、現場の進行の数歩先も同時に見ています。

そのために現場で躯体をつくるのと平行して、最終仕上げを模型をつくりながら確認しています。私たち設計者にとって、模型は、一番頼りになるデザインツールです。



コンピューター・グラフィックス(CG)によるパースは、決められて一点からの絵なので、その他の視点に関しての確認が出来ません。
その点、模型はいろいろな視点から眺めることが可能です。ですから模型によるスタディーが一番有効です。今回のプロジェクトでは、模型は数個つくっています。

しかし、いくら模型で検討したとはいえ、それでも実際の現場では、情報の誤差がでるので、慎重に対処しないといけません。



現場は、いわば原寸の大きさの模型をつくっているようなものだといつも感じています。
もちろん設計変更に柔軟に対応していただける岩本組にも感謝しています。

↑UP


2004/12/09 街角美術館

ki-houseの、現場近くにある小学校で、フェンスに沿って生徒がつくった絵皿が展示されています。
展示と言っても、フェンスから下がっているだけのですが、いろんな顔の絵柄があって見ていて楽しく、とても良い企画だと感じました。



大阪の池田小学校の事件以来、学校の門が閉ざされ、町から切り離されて行く傾向にありましたが、こういった内部から外に向いた表現は、離れた距離を取り戻すことが出来るような気がします。



この地域は下町で、もともと人と人のつながりが強い地域なので、こういった企画が生まれるのかもしれませんが、こういったちょっとしたアイデアは大切だと感じました。



一方、とあるデパートのショーウインドーです。
年末が近づき、クリスマスの装いが華やかです。このショーウインドーのディスプレーは定期的に模様替えされ、結構目を楽しませてくれます。
ただここは大変人通りが多いので、足を止めて眺めていると、通行の邪魔になってしまうのが残念です。

ちょっとした街角美術館の話題でした。

↑UP

2004/12/07 板金によるの看板建築

先日所用で、横須賀に行きました。
ちなみに横須賀は私の出身地です。
横須賀中央駅から、数分歩いたところにある、上町商店街は、昔ながらの風情ですが、しもた屋が多くあります。さすがに時代から取り残されたような商店街です。
どこの町にもある屋根付きのアーケードがあるのですが、その上の2階を良く見ると、面白い意匠を見ることが出来ます。



この写真に見ることが出来る、銅の板金でつくった鱗のような意匠です。
一見洋風建築を真似ているように見えるのですが、いわゆる看板建築で、とても面白いものです。納まりも綺麗で、とても手間を掛けてつくっているようです。



この店は、現在では呉服屋さんとして使われています。このような建物が、通りの中でいくつか残っています。


アーケードを歩いていると気が付かないのですが、反対側の通りから眺めることが出来ます。
明治以降、造船や軍港の歴史があり、昔から海外に向いていた横須賀ながらの記憶と言って良いかもしれません。
明治時代に昔ながらの木造建築を洋風建築としてつくったのは、松本にある開智学校が有名です。また川越では、左官で擬洋風の意匠を施したお店を多く見かけました。
日本の職人は、目標があれば、何でも器用につくってしまうのですね。

↑UP

2004/12/03 no.19sy-house,no.20ki-house更新

オンライン設計室のno19sy-houseと、no.20ki-houseを更新しました。

no19sy-houseでは、現場を支えてくれる職人の紹介をしました。
大工と鉄筋工が主体となって、躯体をつくります。今回は、敷地形状が非常に変形しており、躯体もそれに合わせて、変形しているので、工事は難しいと思います。
そんな現場から、直接手を動かしてつくっている職人の様子を紹介します。



またno.20ki-houseでは、杭工事の様子をアップしました。
相当に悪い地盤における難工事の様子です。実際に工事に入り、柔らかい地盤を目の当たりにして驚きました。



↑UP


home